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意思のある包丁

死ぬまで 絶対

自由かそうでもないか

考え方を変えてみたり別の角度から見てみたりしても、何回それを繰り返してもどうしても納得いかないことってある。私が悩んでて、別の人も悩んでて、それでもみんな頑張ってるから頑張れとかそういう感じのこと 押し付けでしかないし。悩みって人に話す気にもならない。自分が相談される側だとする。100パーセント親身になれるか?そうでもないし、他人もそうだと思うし、諦めきってるからわかってもらおうとも思わないし、そういうもんだと思ってるので

人生一回しかないって言葉が最近よく頭の中に浮かぶし、そのことがしばらく頭の中をぐるぐるしてることが増えた。この前遊んだ子がいて、四月前半に刺青を入れるらしい、こっそり教えてくれた。人に見せたいわけでもないらしく、憧れがだんだん”しなければならない”に変わってきたから決行するだけのことらしい。とてもいいと思った。

 人生が一度しかないならと理想の自分に近づこうとあれこれするのはとても尊い。それによって制限される自由のほうが多くても自分の心が少しでも穏やかになるのなら間違いなく正解なんだと思う。自分のために生きなくてどうするんだという話は全くその通りで、なのに心が自由なのを選択するのか世間で自由が利く方を選択するのかって結局迷う。なぜ?答えがしっかり出てるのに実行できないって何?

自分がどうしたいかわからないとしても勝手に時間が進むから後押しがほしいんだろうか それもよくわからんね

今はとりあえず刺青を入れることにした彼の精神に心から敬服尊敬してるってだけ 成功をただ祈ってる。

私はちなみにどんな自分になりたいのか結構はっきり決まってる。絶対教えたくない

19歳があと少しで終わる

19歳があと少しで終わる、具体的にはあと三か月と少しで19歳が終わるので、とりあえずそれが今は不安。実は恋人がいる。私はほんの少し前まで恋愛がすべてだと思っていた。でも今はそこまでそうでもなく、ただ恋人っていう肩書を持った人がいる。以前ほど恋人には何も求めていない。最早何にも求めていないのかもしれないとすら思うね、でもそれはすごく私にとってはいいことで、つまりそれは、恋人だけが世界じゃないってことだ。

不安を他人に持って行かれるってことはもったいないとすら思えるようになった、自分のことだけ心配してりゃあいいんだ。だって自分の人生で自分の脳みそで、しかもそれはどちらも限りのあるもので、例えば人生だったらちょっと長めに見積もって80年(自分の意志でいくらでもそれ以下にできる)、それを無理して他人に使うことはない。

煙草を吸うとか、煙草は皆に嫌われる。けど好きなら吸えばいい。人生一回しかないならしてやればいいと思う。

あと自分のセンス、これは気に入ってなくてもとりあえず信じたらいいと思う。私は自分のセンスをそんなにいいと思ったことがないんだけど、いまはとにかく自分の好きな服とか気に入ったものを身に着けるようにしようと思っている。

すべて無常観からくるものなのかよくわからないんだけど最近はとにかく今は、今は、って感じ。でも私は無常観を美しいと思えないので、まあ永遠こそ美しいと思うのです。結婚とかそういう形の約束とかは大好き、安心・安定・永遠が大好き。結婚が永遠じゃないのはよく知ってるけどとりあえず結婚するその時は永遠を信じるしそれがもうとんでもなくいいものでしょ…

悪いことしてる時の自分って結構好きになれませんか、理由はわからないけど。勇気に感動するのかな、してやったという気持ちがいいのかな、ただ悪いことがかっこよく感じるのかな、まあ言いようもなく気持ちよくてその時は結構自分が好きなんだからしょうがない。悪いことだけど精神にはいいことなので。その気持ちはとりあえず大事にしてみませんか、てか死にたくなったらちょっとやってみてよって言いたい。

世界が美しいとまでは思えないけど今はすごく好きなアイドルができて、生きがいとすら感じられて、面倒だけどバイトに行っていて、お金の問題はなくなることはないんだけど前よか財布は自由で、週末は少し遊ぶ予定があって、これって幸せなんでしょうか、でもそれが幸せかどうかなんて私が判断することだよね。判断するなら、それらは永遠かどうかわかんないから幸せとかよりも先に不安がやってくる。

今年したいことを考えてみよう、今年したいことには少しお金がかかるものとか、遠出が必要なものとか、そういうものを挙げて。小さい目標というかすぐできそうなしたいことは月単位とかで考えてみる。永遠かどうかわかんなくて不安だったら何か作り続けるしかない、小さな出来事を幸せと思えないうちはそうするしかない。とか言ってると私は楽しみを作り続けることに疲れそうとか思ってしまう。

とりあえず、エロ漫画を描いて、好きなアイドルに会いに行って、4月からの大学、そのレポートをタバコでも吸いながらやろうかなとか。

追記

私たちは大人になるのがどういうことか、どこから大人とかそういうの教えてもらえないまま20歳になって形だけ大人になります、日本では社会に出る時からが大人かな?って感じですか?

この日記を読んで感想をくれた人がいました。私が大人という肩書というか、そういうものを背負うこと、ならびに大人になって許されるものたちに溺れていくこと(私は大人になって許されるのはお酒とたばこだと思います)を悲しむでもなく切なくなるでもなく、ただ私が少女でなくなる(広い意味で)ことにもやもやしてくれてます。してくれるっていう風に表現するのは正直うれしいから。どんな感情であれ自分にかけられる感情はありがたいです、最後は破滅しそうだから結局それを悲しんでくれてるのかなって思いますけど。モラルのないものを好むから(その人の表現を借りました)、割と破滅に近い。

そもそも私を少女として見てくれてるのがありがたいんです、本当に、私を少女だと思ってくれてありがとう。そして少女から遠ざかることを嫌がってくれるのも、ありがとう。だって私だって大人になりたくないから。私に大人になってほしくない人がいて、私も大人になりたくないならもう私たちの間では堂々と、私はその間では少女でいていいわけですよ、とってもありがたくないですか?

永遠に誰かの中で少女でいられたら私的にそれ以上のことはないですし、そう思ってくれるほどに長い間私のことを見てくれていてありがとう。大好き、ほんとうに

君の中では少女で、でもちょっと大人の部分も持っちゃって、でも私は急に変われるわけもないんだから、普通に子供だよね。破滅はいつかするけどたぶん子供のままだよ。

たぶん今、怖がってること一緒だよね、まずはそれがうれしくない?